日目①:エディンバラ城

Lee's Essay
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Lee's Essay(エッセイ)   
ー2012ースコットランド紀行






 スーツケースが無いままに旅先の朝を迎えた。考えても仕方が無いので予定どおりエディンバラ城とホリルード宮殿の見学に行く事にする。その前に朝ごはんだ。部屋を出てフロントの先にある食堂へ向かう。

 4階からエレベーターに乗り1のボタンを押した。扉が開く。

 「あれれ?」

  上階と同じくパステル調の緑白色に赤い花模様の廊下だけれど、何だか地下の倉庫のような風情が漂っている。そうか1階というのはフロント階とは限らないんだ。不安がよぎりつつエレベーターに戻って2を押した。再び降りる。どう見ても4階と同じく客室がずらりと並んでいた。どこかに食堂へ通じるドアがあるはずだ。しかし中心の吹き抜けを四角に囲んだ廊下をぐるぐる回るばかり。小さいホテルなのに人っ子1人見当たらない。ファンタジーの本場英国の迷宮に紛れ込んだのかしらん?焦って再びエレベーターに戻りプレートをよくよく見ると、フロント階のボタンがあるじゃないですか…。


 やっと夕べチェックインしたところに辿り着く。ロビーの奥には30㎡くらいの飲食スペースがあり、宿泊客で賑わっていた。イギリスの朝食は豊かだ。簡単なバイキング形式ながら、入って左側にはシリアルやサラダにフルーツ、卵、ベーコン、ソーセージなどが並んでいる。パンのコーナーではクロワッサンやロールパンの横にトースターがあった。食パンを上段に入れるとぐるりと回転して、下から焼き上がりが出てくるようになっている。飲み物は機械でサーブしていた。

   窓際に座ると煉瓦造りの壁と塀が目に入った。どこかで見覚えがある。4階の自室から見えた建物の地上階部分のようだ。トレーに盛った朝食はシンプルだけれど、ベーコンとトーストはまあまあの味。明日はソーセージとクロワッサンを試してみようかな。

   前のテーブルにはおそろしく年をとった男性がこちらに背を向け座っていた。90歳くらいと思われる背中は湾曲し、杖が手放せない様子だ。しかし身長は高そうで、いかにも英国人のおじいさんといった風である。向かいには若いパンクファッションの男が腰かけ、老人と話しながら朝食を食べている。ひ孫なのかしら?これほど対照的な二人が同席しているのは奇妙な感じがした。



 朝食を終え部屋に戻る。さていよいよエディンバラ城の観光に出かけるか。デジタルカメラは紛失、もとい捜索中のスーツケースの中だけれどスマートフォンがある。バッテリー残量は40%くらい。充電セットも手元にないな〜。などと考えつつホテルを出ると、空はどんよりと曇って朝だというのに薄暗かった。ひやっとした冷気に体が包まれる。

   ホテルはメインストリート"ロイヤルマイル"の丁度半分のところにある。1マイルは約1.6kmだから、ここから800m歩いた丘の上にエディンバラ城、同じだけ降り切った場所にホリルード宮殿があり、二大観光スポットにとても行きやすいのだ。

   そのロイヤルマイルをホテルから出て左に向かう。冷たく灰色の石畳を歩いてすぐ、どっしりとした聖堂と立派な銅像が現れた。地図によればここは“聖ジャイルズ大聖堂”。ちらりと外装を見ただけでも石造りの壁は黒ずみ、土台は苔むしてかなり古そうだ。手前の広場にはガイドブックにあるとおり、クロースという抜け道のミステリーツアーの広告が出ている。地下のカフェの看板もあった。そして銅像のプレートを見ると…"アダム・スミス"あの世界史で習った"国富論"の著者さすがはヨーロッパ、至るところに歴史上の人物の足跡があるなぁ。

 湿った空気の中、中世の建物が並ぶロイヤルマイルを城を目指して歩く。ぼちぼち観光客も増えてきた。ゆるい上りの三叉路の中心に、てっぺんに時計塔を頂いた建物がそびえる。右を選ぶと急に道幅が狭くなった。スコッチウィスキーの博物館とタータンチェックの土産店を過ぎると、程なくお城の前の広場に出る。



 夏にミリタリータトゥ(バグパイプのバンドで盛り上がる一大イベント)の会場になるという広場は、標準的な学校のグラウンドくらいの大きさだ。突き当たりにはテレビで見たエディンバラ城のいかめしい姿。高台のテラスのような広場からは両側の景色が見渡せた。左には旧市街の向こうに山とも丘ともつかない台地がぬうっとそびえる。陸に上がってひと休みしているクジラの背中のようなそれは、伝説の騎士"アーサー’ズ シート"の名前を持っていた。右手には新市街の向こうに海が見える。フォース湾だ。あの辺りは陽が差し始めたらしく、白っぽいブルーグレーに輝いていた。

  


 午前10時を過ぎても、ここエディンバラ城は今にも泣き出しそうな曇天の下にあった。門をくぐり入場すると、さっそく日本語の音声ガイドを借りる。城内の急な勾配を登り始めるとイヤホンから声が流れてきた。

『左側城壁の上には犬の専用墓地があります。ブラックウォッチなどの軍用犬がここに眠っています…』

パンフレットを見ると、丸く囲われた芝地に小さな墓石が描いてあり何とも可愛らしい。ゴルフウェアの胸元の、白黒2匹のテリアのアップリケを思い出した。



    湿った空気が肌寒い。震えながら木陰のベンチでパンフレットの順路を確認する。右手すぐに戦争博物館があるので入ってみた。城内には2〜3階建の軍用の建物が点在し、多くは今なおその目的に利用されているらしい。こちらは唯一観光客に公開されている所だ。順路に沿ってスコットランドの戦争の歴史を見学出来て、なかなか見ごたえがある。軍服を着た若き兵士の人形は悲しい歴史を思い起こさせる。スコットランドの国花アザミの絵のついた古びた兵糧の缶が、ひときわ印象に残った。出口手前のグッズショップでエディンバラ城の栞などを買う。タータンチェックの本は他でもあるだろうと見合わせたら、後で後悔する羽目になった…。

  戦争博物館を出て左手の坂を登ると、石造りの小さなほこらのような建物がある。聖マーガレット教会だ。5㎡くらいのスペースの奥に小さい祭壇がある。サイドの分厚い石の壁にはめ込まれたステンドグラスには、少女マンガのような女性が描かれている。12世紀に造られた城内で一番古い建物だそうだ。

    隣接する土産店にはスコッチウィスキー関連の魅力的な品が並んでいる。こちらは後で寄ろう。左の勾配を登ると城の一番高い場所に着いた。古い砲台にモンスメグという名の特大の大砲が鎮座している。その脇にはボーリングの玉のような砲丸が三個。城壁の向こうには新市街とフォース湾が一望に見渡せた。


  
いつの間にか雲は切れエディンバラ城まで青空が広がっていた。昼近くなり観光客も増え、眼下の景色をバックに盛んにシャッターを切っている。自分も人の良さそうなおじさんに一枚撮ってもらう。スマートフォンのバッテリー残量はとうとう一桁になってしまった。

   それにしても見事な景色だ。手前の城下すぐのところには緑豊かな公園が見える。右手には橋がかかり、一段低い谷間には駅のホームの屋根が並んでいる。その先に目をやれば18世紀に造られたという新市街の街並みが広がっていた。いかめしいほど古くははないが、程よく年季の入った石造りの建物が整然と並ぶ。この列も右手は趣が異なり、ギリシャ風の円柱のモニュメントをいただく丘がそびえる。カールトンヒルだ。新市街の先は公園の緑が広がり、港近くには近代的な建物がちらほら見える。そしてあまりに深く陸地に食い込み、巨大な湖にも見えるフォース湾に辿り着く。これらの街区がまるでサンドイッチの切り口のように、あざやかに層を成してみえるのであった。

    高台を降りると、昼ごはんの前にまだ見学していない建物へと向かう。戦争記念堂と宝物館を簡単に回り、宮殿のある広場のアーチをくぐった。ここはかつて王室のための居住施設であった。中に入るとグレートホールという真っ赤な壁紙に高い天井の梁の広間がある。天井が高く今でもセレモニーなどに使われるらしい。隣の部屋はコバルトブルーの壁紙にマントルピースとシャンデリア。家具は無かったが、メアリー女王が世継を産んだ部屋ということだ。



   大砲のある頂上から半分ほど下り城内のカフェに入る。旧弾薬庫を改装したレッドコートカフェだ。トレーに好きな物をのせていくセルフサービス。1時を回り残りひとつしかないポットシチューとパンを取ってレジに並ぶ。ここでまた予期せぬことに見舞われた。さっきまで機能していたカードが読み取れない。仕方なくポンドで払い、水指の水をコップに入れて空いている席を探す。

   奥のスペースは海側にあり見晴らしがいい。しかし断崖絶壁に張りだした構造で、柱に支えられた板張りの床がギシギシと音をたてる。足元の崖下からじかに冷気が感じられた。冬場は寒そうだが10月の終わりはまだ観光客も多く、家族連れで賑わっていた。パイ皮で蓋をしたシチューはややクセはあるがまあまあの味。問題は飲み水で、取置きの井戸水のように生臭い。ミネラルウォーターを買っておいたのでそちらを飲んだ。

    入口付近まで戻りオーディオガイドを返却すると、また土産店に入った。タータンチェックの品質が良さそうなのでここで買うことに決める。自分と家族の分のマフラーをそれぞれ似合う柄を選ぶ。間違うと子供っぽくなってしまうからなかなか難しいのだ。父親には黒をベースに極細い赤黄白のラインが入ったエディンバラ城のタータン。タータンとは氏族(クラン)ごとに決められた織りのパターンのことで、かつては家紋のように身につけられていた。これはエディンバラ城タータンという訳である。

    自分には故ダイアナ妃をイメージしたピンクとブルーのパステル調のシリーズが出ていたのでピンク系を買う。(後日メールをくれた友人が、通販で買ったと言って全く同じものを巻いていた)叔母用にやっと見つけたローズ色のタータンは、あとで途中まで縫いとじられた"頭巾"であることが判明する(それでも喜んでくれた)母親はチェックが似合わないので、オレンジ色の渦巻のようなケルト模様のマフラーにした。


   エディンバラ城をあとに門をくぐり広場に出た。すっかり広がった青空に時計塔の建物がくっきりと映える。直ぐに立去るのも惜しく、スマートフォンの余力を振り絞って写真を撮った。近くで若い日本人女子の声が聞こえる。
   ロイヤルマイルを少し下るとバグパイプの音が聞こえた。タータンチェックに身を包んだ若者が道端で演奏していたので思わず映像を撮った。城へ向かう観光客が次々と笑いながら通りすぎて行く。吹くのは大変難しく何年もかかるらしい。観光用とはいえご苦労なことだと思う。



  ホリルード宮殿の観光の前にいったん宿に戻る。スーツケースはまだ届いてないだろうか。4階に上がり部屋のキーを差し込んだが、何回やっても開かなかった。諦めてフロントに行き夕べの男性スタッフに訴えると、

O.Kところで荷物預かってるよ」 

「サンキュ〜

いっぺんに疲れが吹き飛んだ。やれやれこれで旅行のペースが出来たというものだ。

   意気揚々と部屋に戻りキーを差し込んだがまだあかない。隣の部屋を掃除中の男性に声をかけて聞く。ニカっと笑って彼がキーを差し込むとカチッとあいた。夕べ枕元にチップを置いといて良かったと思った。

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