日目①:ウィスキー博物館

Lee's Essay
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  エディンバラの3日目の朝、朝食を昨日と同じくホテルの食堂でとっていた。この日は中国人と思われる団体客で混雑し、相席を余儀無くされる。斜め向かいの欧米の婦人に混んでますねと話しかけると首をすくめただけ。まあ、こちらもアジア人に違いないのだった。昨日見かけた90歳くらいの紳士とひ孫らしき若者も、近くの席で朝飯を食べていた。

   人波に押し出されるように部屋へ戻るとさっそく今日の観光に出かけた。時刻は9時頃。ホテルのすぐ前の小さい広場にさっきの団体客用らしい観光バスが止まっている。こちらはロイヤルマイルを左手に歩き始めた。程なくどっしりとした聖ジャイルズ大聖堂が現れる。昨日は通り過ぎてまっすぐ城を目指したけれど、今日は見学に入ってみよう。



   古びた外観とは裏腹に、入口は内部が見えない大きな自動扉だ。少しためらってから足を踏み出すとぐいーんと開く。既にちらほら観光客の姿があった。カトリック教会のように正面に荘厳な祭壇は無い。プロテスタントなので、中ほどに説教をするスペースらしきところがある。ステンドグラス以外は装飾性に乏しく、全体に簡素なつくりだった。

    ひととおり見学すると、地下のカフェへ行く矢印が目に入った。寄りたいが午前中はウィスキーの博物館にいくのが目的だ。ひとまず教会を後にして、博物館:スコッチウィスキーエクスペリエンスへ向かう。時計塔の三叉路を昨日と同じく右を選ぶ。突き当たりの城の手前、左手に目指す建物があった。



   外観はイギリスらしいどっしりとした煉瓦造りだ。中に入ると通路がまっすぐに伸びている。数メートルばかり先の突き当たりに受付があり、細身の男性が立っていた。ここの目玉であるウィスキー製造工程のツアーの申し込みはここだろう。朝一のツアーは10時40分。まだ間があったので時間をつぶそうと受付を後にする。

 通路を出口へ向かう途中、左側に広い土産物スペースが目に入ったがお客はいなかった。ひとまず外へ出る。向かいのカメラオブスキュラの博物館では早くも行列ができていた。

    左手の城の方角からギターの音色が聞こえる。塀ぎわで髪を伸ばした男性がパフォーマンスしていた。40年くらい前のフォークソングのような雰囲気だった。店名にタータンウェービングセンターとあり、キルトの製造過程を展示するところだ。入ってみよう。入口の先はもうエディンバラ城の広場だった。

   キーホルダーや絵葉書の類が並ぶ典型的な土産物屋の内部に少しがっかりする。が、少し進むと膨大なタータンキルトの品揃えと、さらに奥には吹き抜けに機織り機がいくつも展示されていた。矢印に従って行くにつれ通路はどんどん狭くなり、いつの間にか2階の高さになった。見下ろすとキルト製造のさまざまな機械が並び圧倒的眺めだ。



  グォングォンと機械音が鳴っている。しかし稼働しているはずもなく、臨場感を出す演出だった。迷路のような通路をさらに進むと、小さい土産店がいくつも現れた。キルトの小物やエンブレムが続く中で、ティーセットなどの焼き物の店に足が止まる。白を基調に花柄など女性らしい模様が描かれ。スコットランドの質実剛健なイメージとは程遠い。国花の紫色のアザミ(sithle)の白い皿のマグネットを手に入れた。

    ウェービングセンターを出ると10時30分。スコッチウィスキーエクスペリエンスに戻ると、受付の横の待合はアジア人観光客でいっぱいだった。案の定10時40分の回は満員。仕方なく次回11時のツアーを予約してチケットをもらう。時間がなかったけれど例の教会のカフェで休憩したかった。急いで聖ジャイルズ大聖堂まで坂道を下る。地下の階段を降りると正面にカウンター、両側にそれぞれ数席の小さい空間があった。質素な木のテーブルと椅子に3組ばかりお客がいる。右手は穴蔵のようだが左手は一段高くなっていて、小窓から朝の光が差し込みうっすらと明るかった。

    ツアーまでいくらも時間はない。正面のカウンターでコーヒーを頼むと、店員の男性にそれだけかと聞かれた。ショーケースのサンドイッチやケーキを横目に低い方の部屋の端っこに座ると、奥の廊下の仕出しの様子がまる見えの席だった。





   カフェを出ると再びロイヤルマイルに出て城の方角に向かった。スコッチウィスキーエクスペリエンスまで歩いて5分もなかったが、石畳の上り坂は意外にこたえる。入口から廊下を通って受付に辿り着く頃には汗びっしょりになった。    エントリーする2回目のツアーは欧米人の団体客ばかりで、東洋人は自分一人だった。樽をくり抜いたデザインのカートに三人一組で乗り込む。受付の男性が解説は何語にするか聞きに来た。

「ドイツ語」

小太りの初老の男性客がすかさず答える。

やられた。アジア人の自分にせめて英語と気配って欲しかった。ドイツ人でもこの年代は英語では厳しいんだろうか。他の二人と共に樽型のカートに乗り込むと、乗り物はゆっくりとレールを滑り出した。

    アトラクションはウィスキーの製造工程を白黒のスライドで映し出していく。シルクハットとステッキの髭の紳士が狂言回しのように説明を始めた。水に恵まれたスコットランドの土地柄をイメージして、さかんに水滴の流れる演出だった。

    樽型カートはアトラクションの暗闇を進んでいく。麦芽の原料と新鮮な水を使って発酵させていく流れは、ステッキ紳士のひょうきんな仕草でなかなか楽しめるはずだが解説がドイツ語のためサッパリわからない。ともあれ数年は樽に寝かせて発酵させるシングルモルトの道のりは終わった。三人一組は解散して次のツアープログラムへ進む。 

   女性のガイドがついて説明を聞きながらコースは進む。前述の男性からイヤホンガイドは何語と聞かれたので、すかさず英語をリクエスト。しかし説明はもともと英語だから今度はいらなかったのだ。

    真ん中にテーブルがある四角い部屋に通される。三方を壁に沿ってソファが作り付けられ、30人くらい座れそうだ。自分のグループが全員腰掛けるとちょうど埋まった。説明用のカードが配られ、ガイドの女性がモルトウィスキーの種類について話し始める。


   スコットランドはシングルモルトの特色でみると4つの地方に大別される。ハイランド、ローランド、スペイサイド、アイラ島。およそ10cm四方のカードに描かれた円に、4分割の切込みがある。黄色、緑、青、赤に色分けされた部分をそれぞれめくると、上記の地方のウィスキーの香りを嗅ぐことができた。

    ハイランドの黄色の切込みをめくれば束ねたバニラの写真が印刷されてあり、ほのかにそれらしき匂いがした。この地方で作られるシングルモルトウィスキー(発酵からびん詰めまでを一つの醸造所でおこなったもの)の特徴である。もっともウィスキーの味は種類ごとに異なるので、あくまでその地方の一般的な香りということだ。

    北部の山がちなハイランドに対して、ローランドはもっともイングランドに近い。緑の切込みをめくるとレモンの写真がのぞいて、さわやかな柑橘系の香りが漂う。ローランドのシングルモルトのイメージだった。

    テーブルに試飲用のグラスに入れられたウィスキーが並んだ。これを飲んでどこの地方のものか当てる趣向のようだ。次に青の切込みをめくると、バナナの絵と香りが漂う。スペイサイドとはハイランド南部のスペイ川の周辺を指す。良質の水のおかげでたくさん醸造所が集まり一大生産地をなしている。甘くはなやかな香りだ。きのうエディンバラ城で買った小瓶もスペイサイド産だった。

    最後に残ったのはウィスキーの島で名高いアイラ島の香りだ。赤い切れ込みをめくると、燃えさかる炭の絵とスモーキーな香りが鼻を突く。

「どうですか」

ガイドの女性の声に

「うわー」

とどよめきが起こる。それほどきつい、いぶしたような芳香だった。

 アイリッシュ海に浮かぶアイラ島はここだけで八つもの醸造所がある。島の泥炭(ピート)の炎から産まれ、豊かな潮の香りを内包したモルトにはファンが多い。チャールズ皇太子も緑のラベルのラフロイグを愛飲していると聞く。その風味ゆえ海産物と相性が良く、生牡蠣に垂らして味わうと抜群だそうだ。

    お酒は食事の合間に嗜むのは好きだが、実はすぐ真っ赤になってしまう下戸の口。ウィスキーは40度ゆえ、目の前の試飲で顔色を変えるわけにいかない。ちびりとグラスを舐めただけにとどめた。おそらくスペイサイドのものと思われる、はなやかな香りが鼻腔にひろがった。

    プレゼンテーションが終わると次の工程に進む。ツアー一同が部屋を出て廊下を曲がると、驚きの光景が待っていた。

「マイゴッド!!

金髪の若い女性が声をあげる。


  

そこはウィスキー博物館だった。天井から床までのガラスケースに歴代のスコットランドウィスキーのボトルが所狭しと並べられ、その豪華な陳列棚が通路の両側にずっと続いている。ライトでキラキラ輝くさまは、まるで鏡の国へ迷い込んだようだった。

   マニアなら垂涎もののコレクションに違いない。スコットランドの名だたる銘柄のヴィンテージボトルがずらりと展示されているのだ。光に溢れる通路の数mおきに角をまがりながら進むと、出口に明るいカウンターバーと飲食スペースが現れた。

   通路の出口付近のガラスケースには数十年は経っている最上級のボトルが置かれていた。確かテレビで紹介されていた黒い丸型のどっしりとしたボトルだ。程なくドイツ人の一行がぞろぞろとバーレストランへ出てきた。さっきアトラクションの樽型カートで"ドイツ語"と主張した太っちょのおじさんの姿もある。ガイドの勧められるままに何か試飲しようとみんなうきうきしている。こちらは早々に階段を下りて、入り口横の土産物コーナーに向かった。



   ウィスキーの樽を思い起こされるウッディな店内は、吹き抜けの空間に魅力的な品々が並んでいた。スコットランドのさまざまな地方産のミニボトルが五本セットで売られていたし、グラスに栓抜き、コースターなどの必需品。以外にウィスキーに合う甘い菓子類。(例のバタークッキーも)書籍にキーホルダーなどの小物などなど。

    買い物客用に大きなバスケットがあったのでそれを手にして品定めに入る。ミニボトルセットは地方別に幾つか種類があったが、先の代表的な産地が一通り入ったものを選んだ。それからコースターとバタークッキー。柱には滝の水が流れる映像が映し出されている。ターナーの描いたクライドの滝のイメージかもしれない。他にグラスの類いもあったが、これからロンドンの日程が待っているので我慢する。



博物館を後にホテルに戻る頃はすでに昼を回っていた。フロントから食堂の付近にはバタバタと人が行き来している。今日の午後はなんとしてもホリールード宮殿に行くため、ランチはパスしてまっすぐ4階の部屋に向かった。エレベーターが今にも閉まろうとしていたその時、朝食時見かけた90歳くらいの男性が杖を使って扉を押さえていた。

  ビックリした。すぐに乗り込んでお礼を言うと毅然としてうなずいた。背中はまがり長身の体が今にも折れてしまいそうなのに、ジェントルマンの振る舞いだった。一緒にいた孫かひ孫だかの影に隠れていたのが、見違えて輝いてみえた。

    少し楽しい気分になって部屋に戻ると、土産物をベッドに並べて記録用に写真撮影。紅茶で一服したら午後の散策に出かけるつもりだった。




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ー2012ースコットランド紀行