派手な方が一方的に喋くっている。

「奥さん聞いた?あそこのご主人癌なんですって。まだ若いのにね~、でも発見が早くて助かって、放射線治療に通ってるのよ。」

  病院の待合である。

 1人で暮らしてるでしょ、テレビだけが楽しみなのにま〜くだらない、みんな若い人向けになっちゃってねえ…」

  もう一人の方はご多分にもれず聞き役で時折うなずくばかり。

「自治会の方から趣味の集いに顔出せって誘いがくるけど何だかねえ、お花だかお茶だかちょこっとやったらあとはおしゃべりでしょ、悪いけどバカバカしくって」

 

「○○さん、どうぞ」

   身なりが質素な方の婦人が呼ばれると診察室へ入って行った。あとには自分と派手な女性の二人きり。

  「お近くの方?お風邪のようですわね」

 曖昧にうなずく。

  「流行ってるらしいわね、今年のはタチが悪いっていうじゃない、どうかお大事にね。」

あいそ笑いをする。

 

「あたしの格好派手だとお思いでしょ?」

そらきた。

「はた目には悪趣味かもしれないわね。これでも亡くなった主人が長患いで、ずいぶん長いこと看病してたんですのよ。」

身の上ばなしに移ろうとしている。こっちは熱っぽくなってきた。

30年も前かしら、あの人が夜中に救急車で運ばれたのは。油汗たらたら流して息ができないっていうの…心臓の筋肉に力が入らない難病だったのよ」

 

「お大事に」

さっきの女性が診察室から出てくる。

「それからが大変。男の子二人抱えて、何でもやりますからって働いたわ…アラ、失礼。おかげんいかがでした?」

  出てきた方は何でも無かったと言うように首を振った。

 
たまには返さなきゃ。

「大変でしたね…」と言って
"その割りに派手ですね"は飲み込む。

「ありがと。主人は5年前亡くなって、もう今はね、子供達も独立して自分のことだけで良くてね」

 

  会計を済ませた質素な婦人が会釈をして戸口を開けると、冬の風が待合室に入ってきた。冷たいけれどよどんだ空気が一気に入れ替わる。


「あたしの格好派手だとお思いでしょ?」

うなずきそうになった。

「働きずめだった頃はそりゃ地味だったのよ。いつも茶系かグレーの上下のスラックス姿で、家と勤め先と病院の往復に走り回ってたわ。でもある日入院中の主人がぼそっとつぶやいたの…」

 

「**さん、どうぞ」

「あら、ごめんなさい、ちょっと待ってくださる?」

こちらに向き直ると続けた。

「お前もうちょっと明るい色を着たらどうだい?外人を見てごらん、年取ってもあんなにきれいな格好してるだろ、て言うの」

心なしか目がうるんでいる。

 

「だからね、だから私明るい色を着てるの。そんなこと言ってくれたの初めてで嬉しくて、あれからずうっと綺麗にしているの!」

 

「お入りくださいな」

「はあい、ただいま〜」

彼女は服をキラキラさせ診察室に消えた。


 

 その日は風邪をこじらせて近所の医者へ行った時だった。待合には先客が二人、いずれも中年を過ぎた女性が座っている。ひとりは小柄で眼鏡をかけ、茶系のセーターとパンツに黒のフラットシューズ。控えめで堅実な主婦を長年つとめてきた風情である。

    対してもう一人の方はなんとも派手ないでたちだった。室内でもかぶりっぱなしの帽子はそれだけならとてもエレガント。真っ赤で全体に透け感があるつばひろで、同じ色の薔薇のコサージュがついている。花芯にはラインストーンがキラキラ光っていた。ブラウスの胸元にはフェイクジュエリーを散りばめた丸いブローチにそれを取り巻くビーズの刺繍が見える。白い皮のパンツはサイドにスパンコールの花柄があり、動くたびに呼応してまた輝く。そして極めつけはレインボーカラーのブルゾンだ。明るい七色のマーブル模様をまとった太めの体は、ちょっとなつかしのスーパーボールを思わせる。黒い靴とバッグでかろうじて全体のバランスが保たれていた。

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虹色の服
(Her Dress in Rainbow colors)