「なわとびの縄が回り続けてるでしょ、タイミングを見計らってエイッとはいる」

    「はぁ…」

    「つまり縄が三本指で弾き続けるトレモロで、途中で入るのが親指のベース音」

    クラシックギター教室は金曜日の夕方。シニア世代の職人風K島さんはこのところトレモロの練習にいそしんでいる。

    「子供は失敗してバチッと当たってもとにかく跳びたいから思い切り入るでしょ。縄を回す方は途切れずに回し続けなきゃいけないから大変ですけどね。」

「いや〜、自分は全然まだまだですね…」

    そういいながら元来もくもくと練習するタイプなので、少しずつ成果が現れてきたようだ。

    三連符が連なるトレモロといえば「アルハンブラの思い出」が有名だ。タルレガの美しい曲はアマチュアにとって一つの目標だけれどやはり難関である。その前にテキストの「ラリアーネ祭」の後半アレンジにトレモロが出てくるから、こちらで練習するのがいいだろう。

   「ところで先生、なわとびは得意ですか?」

   「えっ?」

    「あ、すいません。ちょっと思い出しちゃって…」

    「何ですか?

    「いや、昔の友達の話ですけどね、変わった跳び方する奴がいたんですよ」

    普段おとなしい人だけれどたまに話し出すと止まらない。グループレッスンなのでこの時間帯は彼の他に、二十年来通っている婦人と比較的若い女性がいた。各々自分の割り当てを弾きながら、こちらがアドバイスしていくやり方である。

    「へぇ、どんな風に?」

    「一人で跳んでるとき内側にクロスしたりしますよね、あれを外側でやるんです」

    「それじゃ腕が反っちゃうし第一クロスにならないでしょ」

    「うーん、でも構わずやるんですよ。で、まだあるんです」

    「まだ?」

    だんだん乗ってきたようだ。

    「二重跳び有りますよね、彼の場合は三重なんです」

    「すごいじゃないですか」

    「それが跳びながら三重いくぞ、次は四重、五重…て口で言うんだけどこっちは見えないんですよね」

   「ハハハ、それじゃ詐欺だ」

   「皆さん、お先に失礼します」

    婦人が一足先にレッスン室をあとにする。もう一人の生徒をみようとしたその時だった。

    「自分もギターで同じことしちゃいけないですかね」

    「はぁっ

    K島さんはやおらギターを構えるとトレモロを弾きだした、いや正確にはそれらしきものを…。

    「トレモロいきます!弾いてます、弾いてます、ずっとこのまま続きま〜す…」



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トレモロ
(Tremolo)