エディンバラへ行きたいと思ったのはなぜだろう。子供の頃読んだ西洋の物語で「エディンバラへ行く」とか「エディンバラの叔父さんが」というセリフが頭の片隅に残っていたためか。それとも1年前に観たアニメ映画「イリュージョニスト」で、とても詩情あふれる舞台だったからか。紀行番組や旅行サイトの画像を見れば、メインストリートを中心に旧市街と新市街の美しい街並みが広がっている。そして遠くに見える海と丘のようなこんもりした山。
10月下旬の早朝、日暮里からスカイライナーに乗った。秋雨に煙る印旛沼を左に過ぎると程なく成田空港へ。ブリティッシュエアウェイズなので第2ターミナルで降りる。国際便の多い第1と違い何となく落ち着いた印象。さっそく掲示板を見ると
「あ。」
1時間遅れの表示だ。
ロンドンのヒースロー空港に着いてからエディンバラへの乗り継ぎ便までに3時間あった猶予はこれで2時間になった。チェックインカウンターで遅延のレポートを渡されるも乗継便の変更は無し。預けた荷物はエディンバラで受け取る手配をする。
外はまだ雨がやまぬようで薄暗い。尾翼に赤い鶴のマークが復活した日航機が待機している。朝食を抜いてきたので食堂でさっぱり鯛茶漬けをいただく。時間があるので無印良品などが入っているショップフロアを覗く。今のところ買っておくべき物はないようだ。
ぼちぼち搭乗手続きを済ませ指定された搭乗ゲートへ向かう。香水でむせ返るような免税店コーナーを抜け、動く歩道で長い通路を進む。どこかでコーヒーを飲みたいけれどカフェは満員だった。しかしその先に行ってもキオスクのような販売店しかない。さっきの店に戻ってテイクアウトするよりなさそうだ。
いまいましいことに動く歩道は搭乗ゲートに行く方向のみである。後退してカフェに寄りまた戻ってくると進んだ距離の往復分余計に歩いたことになる。息がきれた上今日は湿度が高いので汗びっしょり。やっと手に入れたコーヒーを通路の椅子で飲む。
機内に乗り込みネットで予約しておいた席に座る。1人なので出やすいよう通路側、そして乗り継ぎに急ぎたいからなるべく出口に近いところをとったのだけれど…待てど暮らせど1時間経っても離陸する気配は無い。3人席の隣は旅慣れた様子のご夫婦。「なかなかですねえ」奥さんと顔を見合わせる。
案の定機内アナウンスが流れる。『バッドニュース、上空悪天候により当分離陸出来ません』すでに1時間以上遅れてるのにそれはないでしょ、乗り継ぎはどうなるのとイギリス人乗務員に訴える。
「私どももドイツへ向かうんですよ〜ドントワリィ」
「ドントワリィですって?」
苦笑する隣の奥さん。
「私達も乗り継ぎですけどね。ヒースローにはあまり良い印象なくて…」
「ロンドンに一泊しなくてはなりません、トホホ」
こぼすのは後ろの席の欧米人の青年だ。
搭乗後2時間遅れでやっと離陸準備に入る。遅延は合計3時間。手続きを考えると到着3時間後の乗り継ぎ便に乗ることは非常に厳しくなった。ここで友人にメールを入れておく。
ヨーロッパまでは12時間超の長旅だ。その間は時差の調整のため、唐突に食事が運ばれたかと思うと、照明が落とされ強制的に睡眠時間に入る。守備よく眠れればよいが、旅中の興奮とゴーッという通奏低音で安眠出来たためしがない。今度こそ時間を有効に使おうと、日頃なかなか読めない英文法指南書E.B.WhiteのThe
Elements of Styleを持参したが前書きでギブアップ…
結局現在地モニター(飛行機の絵が地図の上を移動していく)を流しっぱなしでほとんど眠れずにヨーロッパ上空へ。英国航空は久しぶりだがサービスは自然で気安い雰囲気だった。いよいよヒースロー空港に到着する。
※復路にて撮影
ロンドン五輪を前に改修が行なわれたため、ターミナル間の移動はシャトル電車になっていた。地上階の乗り場に降りた人のほとんどが移動する中、こちらは乗り継ぎなのでこれで良いのかとオロオロ…いったん階下へ降りたもののまた上がり、トランスファーの表示を探すが見当たらない。たまらず乗務員に聞くと乗り継ぎも同じシャトルでターミナルを移らなければならないと言う。
国内線もブリティッシュエアウェイズだから比較的スムーズなはずなんだけど…到着通路でやっとトランスファー表示を見つけそちらの方へ急ぐ。小さいカウンターに2、3人日本人がいる。ここに間違いなさそうだ。すでに予約した便は出てしまっている。とにかく遅延を伝え便を変更してもらわなくてはならない。先頭のおじさんは流暢に対応しているな〜。
黒人の女性オペレータが19:25の便に1人乗れないかと電話で交渉してくれる。気がかりな荷物の受け取りを切り出そうとしたところで「ハリィ‼」
指示された階上の乗り継ぎフロアへとダッシュする。
仕方ない。エスカレーターを上り国内線の搭乗ホールに着く。ガラリとローカルな雰囲気に変わった。丁度夕方で人が溢れ荷物検査にも行列が出来ていた。口コミサイトにあったジラフ(キリン)カフェが目に入ったけれどそんな余裕は無し。検査が終わると階段を下って小走りに搭乗ゲートへ急ぐ。すでに乗客は乗り込みあとは自分を待っていたような気配(汗)、セーフ!
小型の国内線はビジネス客で満員だった。2012年世界はスマートフォン時代に突入、ほとんどがもくもくと手元でタップしている。(ちなみにこの文も今まさにタップ)座席は3人席の真ん中。事前に有料でキープした窓側の席は文字通り雲の彼方へ…左は若いサラリーマン、右隣には濃い顔立ちのOLが雑誌を広げている。
エディンバラまでおよそ1時間半のフライトだ。機内では飲み物と軽食のサービスが始まる。若い男性乗務員が軽いノリで「チョーコレートケーキいかが〜?」
ケーキというより圧縮された長方形のチョコバーのようなものだったけれど腹の足しになった。
※復路にて撮影
夜9時エディンバラ空港着。ヒースローで入国審査は済んでいるからすみやかに荷物の受け取りへ進む。予想どおり荷物は出てこなかった。空港の事務所に状況を話して滞在ホテルを伝え紛失書類をもらう。椅子を上げ店じまいしているカフェの横を足早に過ぎる。
太ってあご髭をたくわえたサンタクロースのような運転手に3.5ポンド渡し乗り込む。チョコレート色の木の床にパステルカラーのポールはディズニーランドで走っているような内装だ。乗客は他に数人。2階は魅力的だがこの状況で降り損なっては大変なので地上階に座る。
昨年パリ滞在の折はやはり夜間に着いて、中心部まで市営のロワシーバスに乗った。前の座席では恋人同士がキスを交わしていたっけ。パリは街並みや人も含め華麗と猥雑さが同居するところで夜間はとりわけ緊張する。英国はどうだろう。地方都市ではあるけれど、夜道をバスに揺られながらおだやかさと治安の良さを肌で感じていた。
郊外の街並みを走りいくつか停留所を過ぎてゆく。暗くておぼろげにしか見えないのが残念だな。そろそろ市街地に入ってきた気配。中心部の手前にヘイマーケットという駅があるはずで今そこを過ぎたようだ。たまに停車しては一人二人降りていく。新市街に入った。メインストリートのネオンが明るく輝いているものの10時近くになりさすがにシャッターは閉まっている。ここでまた一人降りた。
そろそろ終点のウェイバリー橋に近ずく。そこで降りればホテルまで一本道を歩いて行けばいい。エアリンクは右に曲がり橋上を走っている。停留所を降りるとバスはUターンして向かいの停留所に再び止まり乗客を乗せた。空港へ戻る循環ルートなのだろう。
夜10時、まだチラホラ人通りはある。さてどれがホテルまでの道なのか。交差点を渡った通りは薄暗く、右に曲がりながら急な登り坂になっていた。そういえばホテル方向のコックバンストリートは地図では蛇行して描いてあった。ここのような気がする。意を決して登り始める。
※復路にて撮影
突然中世の街並みに迷い込んだかのようだった。古い石造りの建物が薄暗い坂の両側に並ぶ。ところどころ人ひとり通れる程の抜け道があり、階段が下へと続いている。幾人か歩いてはいたけれど、それでも何百年か昔のヨーロッパを歩いているような錯覚を覚えた。かなり急勾配なので石畳に慣れぬ身にはこたえる。暗い上激しく蛇行しているから見通しが効かずさらに不安になる。
5分程歩くと坂は終わり左右に大通りが広がった。向かいにホテルの看板が赤く光って見える。選んだ道は間違っていなかった。ホテルに入るとサイトで見たのと同じフロントが目に飛び込んできた。ようやく辿り着いたのだ。
30代位の感じのいい男性がチェックインの応対にあたる。ネットで予約した宿泊内容に問題は無い。空港で荷物が受け取れなかった旨を伝える。紛失書類を見せると「Oh…それコピーさせて」
これまで不安だらけの道のりだったが彼の真面目な態度に一安心。とりあえず任せれば良さそうだ。
エレベーターのボタンを押したが反応無し。他の泊まり客にKeyカードを通すと教わり部屋の階へ上がる。シングルルームはネットで見た写真よりも洒落ていたので嬉しい。テーブルには電気ケトルに紅茶やクッキー、棚には心配していたドライヤーも常備。これでスーツケースがあったなら…シャンプーが手元にないので今日はガマン(実はシャワールームにあった…)シャワーを浴びて寝ることにする。
友人から遅延連絡への返信メールが来ていた。
《え〜っ、間に合わないじゃん、どうするの⁈》
やれやれ…こうして時差の半日分よけいに波乱に満ちた初日が終わろうとしていた。
Lee's Essay(エッセイ)
ー2012ースコットランド紀行